タクログ

都内でサラリーマンしてる筆者が、好きなことをつらつらと語ります。お金/健康/食レポ/神楽坂/一人暮らし/IT/TOEIC900/東大院卒/心理学

筆者タクのプロフィールはこちらです。

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タクログ(旧Curism〜キュリズム〜好奇心のまま生きる男のブログ)(旧々タクマネーブログ)に遊びに来てくださりありがとうございます!

 

この記事では平成生まれのタクがどういう人間なのかを簡単にご紹介いたします。

 

ちょぴっと長いので、家でゴロゴロしながら、気楽によんでやってください〜

 

 

タクの簡単な自己紹介 

「タクログ」の筆者タクとは

 

東京生まれの26歳です。

 

大学院を卒業して2016年にサラリーマンを始めたので、現在は入社2年目のペーペーでございます。

 

お金と女の子、意識高い系の行動全般が大好物です笑

 

そんなタクはポジティブさ思いこみの強さ、そして負けん気だけで生きています。

 

 

不器用だけど、愚直な人間

 

もともとは両親から

「この子は無事に社会に出ていけないかもしれない」と心配されていたほど、自他共にみとめる、世間知らずで不器用な人間です。

 

後述しますが

 

・偏差値40からいきなりあるドラマに感化されて東大を目指して大失敗する

・受験の失敗を癒そうと、10万のセミナーに参加し、お金を搾取される

・ミュージシャンになると言い出して、大学を中退しようとする

 

などなど、はたから見ればアホ丸出しの人間です。

 

 

しかしそんな自分でも、インターネットの情報や、優秀な先輩との偶然の出会い、そして思い込んだらひたすら愚直に行動する資質のおかげで、東大の大学院を修了し、現在は一部上場企業で優雅なサラリーマン生活を送っております。

 

またお金の知識を学んで実践してきたことで、一人暮らしかつ家賃10万円の状態でも、旅行や食べ歩きなど、悠々と生活を満喫しております。

 

 

このように、タクは不器用な人間ですが、あきらめずに考え、行動することでいい生活を送れることを経験してきました。

 

なので、同じように人生でつまづいている人に、人生で役立つノウハウ、お金を稼ぐノウハウ、楽しく生きるためのノウハウを提供していきたいです。

 

タクがブログを書く理由

タクがこのブログを書いているのは「本業以外にお金を稼ぎたい」からです笑

 

学生時代から

 

「せどり(古本を安く買って、アマゾンで高値で売ること)」

「セルフアフィリエイト」

「ヤフオク」

「株式投資」

 

などでアルバイト以外にお金を稼ぐ行動をしてきました。

 

50万円ほど成功したものもありますが、失敗して損をしたこともあります。(株はトータル50万円は損してます。)

 

この経験から自分の力で稼ぐことは楽しいと知ったのです。

 

 

サラリーマンは時間が少ないです。

とすると「株式投資」くらいしかできなくなります。

 

そこでスキマ時間を有効に使える「ブログ」に挑戦しているわけです。

 

 

「いい大学に入って大企業に勤めることが人生の目標でしょ?」

 

 

そんな人生はつまらないです。

 

 

いい大学に入って大企業に入社するのは、長い人生のうちの一つのエッセンスでしかないです。

 

タクの場合はもっと多くのことを人生で経験したいと思っています。

 

ブログも何か面白いことをするためのツールとして活用しています。

 

 

次にタクの生い立ちをご紹介します。

 

家族構成

 

父と母、2つ上の姉に一番下のタクで4人家族です。

 

現在、姉は結婚し京都で生活、タクは東京ですが、新宿区の神楽坂で一人暮らしをしています。実家は両親が2人で過ごしています。

 

ぶっちゃけますと、本当に恵まれた環境で育ちました。

 

両親の仲が良かったからです。未だに家族旅行に年に1、2回は行くほどです。

 

世の中の平均から見れば貧乏な家庭ではありましたが、両親の仲が良いということが子供にとって最も重要であると両親から学びました。

 

貧乏生活から一転した小学時代

 

10歳までは家賃3万円以下の団地に住んでいました。

 

とはいえ好きなゲームを買ってもらったり、8歳からは地元のピアノを習うようになったり、何不自由なく生活していました。(ピアノは25歳まで17年間続けていました。)

 

両親が共働きだったので、学校帰りには児童館や学童に通っていました。

 

友達とゲームしたりかけっこしたりと、それは楽しい生活を送ってました。

 

10歳で両親がマイホームの新築マンションを奮発して購入しました。

そしてタクは転校を経験することになります。

 

姉と2人で4畳の部屋で暮らしていた貧乏生活から一転5畳の部屋まるまる一個を与えられて、優雅な生活を送れるようになりました。

 

転校した学校で、野球チームに入り下手くそながらもレギュラーとして楽しく生活していました。

 

 

弱気になった中学時代

 

中学でも野球部に所属します。

 

しかし野球部のレベルの高さ、そしてヤンキー率の高さから、下手くそで気が弱いタクはあっという間にかやの外に押し出されてしまいました。

 

また色白でガリガリだったので「宇宙人」という不名誉なあだ名で呼ばれたりもしました。誰もが経験することとは思いますが、「キモい」だの「病気」だの、野球部のヤンキーメンバーから罵られることで、次第にクラスでも控えめに生活するようになります。

 

思春期真っ只中でしたが、このような経験からなかなか自分に自信がもてない、控えめな人間になっていきました。

 

しかし、生まれながらの負けん気目立ちたがり屋なので、年に1度の合唱コンクールではピアノの伴奏をすることで目立つことができました。

 

また野球部を辞めていて坊主頭ではなくなっていたので、ワックスをつけたりと次第に異性を意識するようになります。

 

この時、「得意分野で勝負すれば人生は楽しくなる」と思いました。

 

 

芸能界への憧れと学歴を求めた高校時代

 

高校は偏差値50強の普通校に進学しました。

 

地元の中学にうじゃうじゃいたヤンキーなどは影も形もいません。

 

この時、学力と素行の良さが比例することを学びました。というより中学の環境が悪すぎたことに気がつきました。

※一般的にです。例外ももちろんあります。

 

しかし「高校デビューしてモテまくってやる!」と意気込んだはいいですが、中学で控えめな性格をひきずったおかげで、全くモテることなく高校1、2年が終了します。

※というより受け身だったのでそりゃモテません笑

 

「なんだよ。目立ちたいし、モテたいのに、オレには何の才能もないのか。。」

 

そんな現実に16歳で気づきます。

 

「いっそのこと芸能界に入って俳優やミュージシャンとして成功して有名人になりたい!」

 

しかし有名になる方法も、自分のポテンシャルも客観視できてない状態です。

 

ぼーっとした不遇の時間が過ぎていきました。

 

そして、野球部をある日サボって夕方ごろにぼーっとテレビでドラマの再放送を見ていた時でした。

 

とある弁護士「バカとブスこそ東大へいけ!!」

 

ここで元来の思い込みの強さが発揮されます。 

 

タク:「俺は東大に行く」

 

はい。バカと天才は紙一重ってやつです。(ここでは完全にバカですが)

 

ちなみに志望校はドラマで言っていたように東京大学の理科1類にしました。

 

そして当時のスペックです。

 

・偏差値50の高校在学

・全国模試の偏差値40(駿台や河合でなく、進研ゼミです。)

・文系(世界史、古文などを無気力で受講してました。)

 

完全にアホですが、タクだけは「東大に行って人生変えてやるぜ」と一人意気込んでいました。

 

結果はいうまでもなく、足切りの概念すらない3科目受験の理系大学に進学することになります。

 

暗黒時代だった大学前期(18歳〜20歳)

 

・モテない

・志望校ではない

・特筆すべき才能もない

・金もない

 

そして何より、理系大学っぽい地味でオタク気質な大学の雰囲気に馴染めませんでした。

 

タク:「何とか環境を変えて華やかな世界に行きたい」

 

そこでピアノやカラオケ好きなど、音楽は人並み以上の才能があるかもと思い立ちます。

 

そしてミュージシャンになっちゃおうと思い『デビュー』『オーディション』という雑誌を新宿の紀伊国屋で購入しては、応募をしていました。

 

加えて自己啓発本やビジネス本などを読みあさり、「何もできないけど、頭でっかちな意識高い系の人間」へと変貌をとげました。

 

結果は何も出ませんでした。

 

挙句の果てにNLPという怪しげなセミナーに10万円をつぎ込んだり、友人と思っていた大学の同期から56万円もする詐欺の投資商材を勧められて人間不信になったり、しました。

 

また極端な性格が災いし、ミュージシャンになるために退路をたつ、と大学に半年間通いませんでした。大学を中退してフリーターしながらミュージシャンを目指そうと勝手に決めました。実家暮らしだったので両親には大学に行ってるふりをしていました。

 

授業に行かない代わりに某有名な清掃会社のバイトを朝8時〜夕方5時までやり、大学一年時から続けていた補習塾の講師を19時〜22時までやる生活を2ヶ月間送っていました。

 

結果月に20万前後の収入になり、作曲用の機材やパソコンを購入できました。しかし、バイトに時間を取られ肝心の作曲やオーディション応募はビビってやっていませんでした。

 

そして2011年2月。両親が大学から留年通知が来たことをタクに告げました。

 

家族関係は悪化し、タクは「俺はミュージシャンになるから大学はやめるんだ」と意地を張っていました。上記のように何も活動をしていないにもかかわらずです。

 

そして2011年3月5日頃、ひさびさに実家から1時間半かけて大学の支援課に行き、退学届をもらいます。ただアホなので印鑑を忘れてしまい、その日は提出できませんでした。

 

その後、1時間半もかけて大学に行くのがダルくなり「3月中に中退届けを出せばいいか」とのんきに考えていました。今考えると本当に親不孝者です。

 

 

突然の大震災。恵まれた環境にいることに気づき、改心して留年を決意する。

 

2011年3月11日。東北で大震災が起こりました。

 

タクと同年代、もしくは若いのに人生を断たれた人。

 

そして生きていても家を失い家族を失い、職や学校を失った人。未来を失った人が大勢いることを痛感しました。

 

そして寡黙な父から「自分の今の恵まれた境遇を考えなさい」と厳しい一言をいただきました。

 

初めて自分が恵まれた環境にいることに気がつきました。

 

・大学にも通える

・実家で養ってもらえる

・健康で元気な体をしている

 

震災が起こらなければ気付くことができなかったかもしれません。

 

 

2011年3月20日。退学届けを破り捨てて、両親に土下座して謝ることにしました。そして恥を忍んで留年して、2回目の大学2年生を続ける決意をしました。

 

 

ようやく軌道に乗り始めた大学後期、そして2度目の東大受験。(21歳〜23歳)

 

留年は両親の経済的な負担や、就職活動などのスペックから見れば確実に不利になります。

 

しかし、留年して1年間じっくりと考える期間をもてたことは今のタクにも活きています。またマイナスからのスタートとなったので、あとは上がるしかないと持ち前のポジティブさで、2度目の大学2年生を送りました。

 

そして、新しく会う人に「オレ、超一流(一留)だよ」とおきまりの自己紹介をして、プライドを捨てて大学に溶け込む努力をしました。

 

その結果、新たな友人も多くでき、もともとの同期が研究室の先輩としてよくしてくれるなど、ある意味VIP待遇を受けることができました笑

 

単位はをギリギリのC評価で稼ぎつつ、生活が少しずつ安定して来ました。

 

ある時、ネットサーフィンをしていると、ある情報を入手しました。

 

 

某ブロガー「大学院なら東大は入りやすい」

 

 

世間では学歴ロンダリングと言われていますが、大学院で倍率の低い東大院に入って箔をつけようという本やブロガーが当時、人気となっていました。

 

よくよく調べると、東大院の受験で必要なのは英語と専門科目、そして小論文です。

 

タクは、大学受験の頃の英語のセンター試験は160点とそこそこ得意な方だったので、受験まで1年半あるならいけるんじゃないかと思いました。

 

そして持ち前の思い込みの強さと負けん気猛勉強を始めました。

 

 

具体的な受験テクは省きますが

 

・TOEIC:400点

・GPA:1.3(通信簿で言えば5段階で1と2が半々くらいの成績です。)

・物理未履修。科学モルで挫折。

 

このスペックから

 

・TOEIC:840点(現在は890点)

・GPA:1.8(変わってねえ笑)

・大学受験、大学レベルの生物の基礎知識

・小論文の通信講座で鍛えた文章力

 

これで東大の大学院に2つ合格しました。

 

一つは東京のキャンパス、もう一つは千葉県の柏市にある柏キャンパスでした。実家が東京だったので、東京のキャンパスに進学することになりました。

 

偏差値50の大学を留年したタクでしたが、大学院では東大に入ることができた瞬間でした。

 

合格発表を聞いて、周囲の反応が一変しました。

 

父と母は出来損ないの息子に何が起こったか理解できていませんでしたが、合格発表の日に実家でお祝いをしてもらいました。当時大阪で働いていた姉も祝ってくれました。

 

迷惑をかけた両親や親戚、バイト先の人たちにお礼のお菓子を持って回りました。

 

そして、中学時代から何一つ満足にやってこなかったタクが、少しだけ自信を持てた気がした23歳でした。

 

 

全てが変わった。東大院生活から就活、そして大手企業のサラリーマンで奮闘するまで

 

東大大学院に進学すると、23年間で初めてあう人たちに当たり前のように接する機会がありました。

 

・両親が政治家、某企業の社長

・センター試験は満点近い怪物たち

・論理的かつ厳しくも優しい教授、准教授、先輩

・東大生はメガネでオタクだと思っていたら、御殿下ジムでむきむきでプロテインを飲み干している人や、シルベスタスタローンのような雄叫びをあげながらベンチプレスをする外国人たち

・普通にテレビやメディアに出ている先輩や同級生、後輩たち。

 

 

そしてタク自身もレベルの高い環境の中で揉まれて、どんどんレベルアップしていきました。

 

就職活動でも、抜群の効果がありました。

 

前述のようにタクは留年経験者です。

 

地頭もよくありませんし、コミュ力が優れているわけではありません。

 

しかしTOEIC900点弱のスコアと、東大院の学歴、さらにタクの生い立ちを面白がってくれた企業が、エントリーシートを突破させてくれたり、リクルーターとしてついてくれたり親身になって接してくれました。

 

受験した企業全て日経225や超難関とされる企業であるにも関わらずです。

 

 

そして、インターンシップでお世話になった企業に就職することになりました。

 

 

同期は旧帝国大学出身者4割、早慶3割、その他の大学3割といった比率です。東大院でもそうでしたが、皆優秀でコミュ力も高くて驚きました。

 

そして現在、サラリーマン2年目になり、悪戦苦闘しながらも楽しいサラリーマン生活とブログ生活を送っています。

 

 

まとめ

 

長くなりましたが、タクはこんな感じです。

 

不器用な生き方ですが、それが持ち味だと思っています。

 

ブログも愚直にマイペースに更新を続けていきますので、ぜひ応援をよろしくおねがいいたします!

 

というわけでタクでした!